ひとり10

「ま」をむかえたときは「私たち」だった
その数年後 いろんなことが起き「私」になった

悪夢のような出来事がおしよせてきた
だれにも頼らずひとりで戦った
そんな文字どおり「どん底」にいたとき
ある人がその2年前に自身に起きたことを私に話してくれた

子供が生まれローンで戸建てを購入した直後に体調を崩した
死を覚悟する病名を告げられた
移植手術がうまくいき仕事に復帰できるまでになったという

人生にはいろんなことがある
でも、あきらめてはいけない
そう教えてくれた

そうだ あきらめてはいけない
ローンと生活に追われながらもひとり前を向き歩いてきた

毎日が必死で ひたすら仕事して健康診断も受けなかった
なんの根拠もないのに「自分は大丈夫」と思い込んでいた

身内はみんなガンで他界した
そのうえ早死にで私の年齢の時この世の人ではなかったのも多い
よつばさん
数日前
腰から下は「もう大丈夫」と言ってもらえた
腰から上のほうは病名はついたがガンではなかった
ただ定期的な検査を受けるように言われた

長い一日だった
早く家に帰りたかった

玄関ドアを開けたら「ま」が見えた
さっきまで熟睡していたのだろう肉球があったかい

涙がぽろぽろこぼれた
私はひとりじゃない

ひとり9

ベッドの上では とにかく力を抜くこと それだけに集中した
鼻から息を吐いた

しかし頭の中は力んでいた
考えが渦巻いていた
治療のお金のこと 家のローンのこと 仕事をどうするのか
そして何よりも、誰よりも、「ま」のことを思った

11年前
まだパピーなので私はトイレトレーニングの記事を検索していた
とある市の広報HPで「犬の飼い主心得」に目がとまった
マウスを持つ手が固まった

「犬より先に死んではいけません」

この言葉は忘れない
あきらめへんで
触診で止まったところに器具を持つ検査医師の手も止まる
いろんな角度から撮っている
検査室は静かだ
キーボードの音がひびく カチャカチャカチャ

ひとり8

検査室の階まで歩いた
先に受けている人がいたので部屋の外で待っていた
固いイスだった

静かな午後だった
モップで掃除してるおじさんの姿が見える

製薬会社だろうか営業の若い子と医師が談笑している
白い歯が見えた
かむよって
その若い子たちの向こうに
60代後半くらいの女性が座っているのに気付いた
肩と両腕に力が入っているのがわかる
床を見つめているようだが目には力がない

別の営業マンが近寄り名刺交換をしている
笑い声と白い歯

君たちには
あの女性も私も視界にさえ入っていないのだろう

ひとり7

かみたいい
マンモグラフィーには何も写っていないという
肩の力が抜けて言葉が自然に出た
「ありがとうございます」

椅子から立ち上がろうとした私に
「念のため超音波検査も受けませんか」

「今から・・・ですか?」
時間がなかったわけではない

ふせた瞼から医者は私の不安な思いを見抜いたのだろう
それらの検査が必要な理由を紙に図を書いて説明してくれた

「ガンを見落としてはいけないから」

医者が「ガン」という2文字を私に対して口にしている
その事実に気が遠くなっていくのを自覚した

ひとり6

この春は雨が多い
検査結果がわかる日も雨だった
しかも大雨だ

水を含んだスプリングコートが重い
気も心も足も重い
かみきれん
ウジウジした気分を切りすてたい
髪の毛を切ろうと決めた

ロングからベリーショートになった
シャンプーが楽だ
頭が軽くなった 
気持ちも軽くなった気がした

ひとり5

地方自治体が行う無料のガン検診を受けた

何年かごとに封筒やハガキで案内がきていた
無料にもかかわらず受診しようとは思わなかった
なぜ今年その気になったのか自分でもわからない
かむよ
「無料」の期限ぎりぎりの日に行ったなら混んでいた
できれば大きな病院は避けたかった
待ち時間が苦痛だからだ
でもしょうがない指定されてるから

マンモグラフィーは初めての経験だ 緊張度を上回るその痛さに絶句した
そのあとは専門医師の触診だ
医師の手が止まる
何度も同じところで止まる

「心を無にしなさい」
自分自身に叱咤した・・・そんなこと無理だ

結果はその日に聞いて帰れるものと思っていたが
「では、2週間後に来てください」

病院の正面玄関を出た
重い鉛のようなモノを引きずったままだ

病院は高台にある
眼下に生まれ育った街が見えた

桜が満開だった

ひとり4

1週間後に再検査
その2週間後また検査に来てくださいという

検査 そのもがストレスになってきた私は
うつむいてしまった

大きなマスクの上に乗っかるような目
そのやさしい眼差しで先生が言った

「心配だから」
かもう
不覚にも泣きそうになった

そして次は
腰から上で苦しむこととなった

ひとり3

ちょっと変かな と自覚はしていた
違和感もあった
でも仕事が多忙 それを言い訳にしていた
かめ
いや・・・少しちがうかな
自分のことよりも仕事に対しての責任感のほうが上
これは若いころから変わらない

現実に
小さな会社だし替わりの人間がいないからしょうがない
そして
のばしのばしにしているうちにひどくなっていた

診察室で画面を見たら
私のからだの中で白血球が戦っている
増殖した良くないモノたちと

でも臓器の壁から出た血液のほうが多い
ストレスの結果がこれだ

反省した
おかしいと知りながら1週間もガマンして
身体壊して
何やってるんだ私は

ひとり2

内臓のそのあたりが弱いことは知っていた
それでも25年 何も起きていない
だから忘れてた
かむむ
ストレスなんて仕事だろうとなんだろうとついてまわる
生きている以上は
ビンボーも金持ちでもそれと無縁ではいられない

でもでも
この10年近く私の身のまわりで起こっていることは
ストレス レヴェルにしたら相当に上のほうではないかと思う

とうとう身体が悲鳴を上げたらしい
医者に言われた
「ストレスはためないように」

そんなアタリマエのこと言われても・・・

ひとり1

3月の後半から今までひどい状態だ
私の身体のこと
パソコンが壊れたストレスのせい? そうではなかった
牛の皮
腰から上と下に異常が見つかった
病院通いの日々

腰から下のは、とにかく痛かった い・・いっ いた い痛ーい!!! 
あまりの痛さ
それを言葉にして表現できない語彙の少なさが悲しい

痛みのあまり
「私が一体何をしたというの?」
「低い人間性だがヒトの道に外れることはしてないのに!」

天をあおぎ 心の中で叫んだ